「古く、一般にはあまり知られていない技術。それが、この冷凍機の発売で、改めて認知されました」 山桐さんが語る「この冷凍機」は、正式名称を「FPSC(フリーピストンスターリングクーラー)」という。コンプレッサーを使う普通の冷蔵庫の内部では、冷媒(ガス)が、気体→液体→気体というサイクルで循環している。真夏の打ち水のように、液体が気体になる時に周囲の熱を奪う現象(気化熱)を利用して、庫内を冷やすのだ。これに対してFPSCは、圧縮すると温度が上がり、逆に膨張させると冷えるという、気体の性質を利用する。 内部に、この装置の冷媒であるヘリウムガスが充填されたシリンダーがあり、その中には2つのピストンが上下直列に設置されている。下のピストンは、リニアモーターで稼働。上は、その稼働に伴うガスの圧力変動によって間接的に動く。この2つのピストンが、位相差(周期のズレ)を持ちながら往復運動を繰り返すことで、シリンダーの上部でガスが膨張し、周囲を冷却する――。メカニズムをごく簡単に説明すると、そうなる。基本原理は、1816年、スコットランドのスターリング博士によって発明された。だが、この「スターリングサイクル」を取り入れた製品を、幾多の企業がつくろうとしては失敗。「理論、技術が優れていることはわかっていても、量産するのはほぼ無理」というのが、専門家の定説だった。 同社がこの難題にチャレンジを開始したのは、98年。アウトドア用のポータブル温冷庫を製造販売していたが、冷却能力に難があった。その商品に使われていたペルチェ素子に代わる技術を探すうち、FPSCに行き着いたのである。しかし、予想にたがわず開発は困難を極め、"つくっては壊し"の繰り返し。実は、大手電機メーカーの技術者として定年を迎えようとしていた山桐さんが同社に招かれたのは、装置がまだそんな段階にあった02年のことだった。 「私もスターリング理論は聞きかじっていましたが、やはり商品化は難しいというのが率直な感想でした。とはいえ、そのために声をかけられたのですから、何もしないわけにはいかない。まず全面的に構造を見直し、図面を書き換えるところから始めました」 量産化が困難だった理由のひとつは、高度の金属加工技術と精密な組み立て技術が必要なこと。たとえば、シリンダーとピストンの隙間はわずか0.01mmと、「自動車エンジンの10倍の精度」が要求される。同社は専用の工作機械を開発することで、それを実現。「でも、すべてを自分たちでやるのは無理。地場のステンレス加工業を始め、15社ほどに部品の開発を依頼した」そうだ。 ずっと製造技術畑を歩んできた山桐さんの加入で、それまでの基礎研究は花開く。03年、5年の歳月をかけてできた量産機が発売された。むろん、世界初の快挙である。
同製品の最大の特長は、コンプレッサー式では難しいマイナス100度以下の超低温が楽々「つくれる」こと。しかも、スイッチを入れてからその温度に到達するまで、ものの5分である。構造がシンプルなため40W型で1.7kgと、重量は従来式の半分以下。消費電力が少なく、冷媒が地球温暖化と無縁のヘリウムガスであるという「環境性能」も、忘れてはならないだろう。 発売以来、用途は徐々に広がっている。クーラーボックスはアウトドア用に加え、血液やワクチンなどの運搬にも重宝されるようになった。輸出先の米国では、イボやホクロなどを冷凍切除する冷凍メスの冷却用に、本格的な採用が始まっている。 「たとえば、MRI(磁気共鳴画像装置)のように、精度を上げるために部分的に冷却している機械・装置はたくさんあるし、半導体や液晶などの製造工程では、真空度を高めるために極低温が要求されます。FPSCは、こうした『クーラーボックス程度の限られた空間を、短時間で極低温にする』というニーズにうってつけ。実現できる温度とコストを考えれば、従来方式よりはるかに勝るわけで、様々な産業分野に貢献できるはずです」 2世紀の時を経て実用化された技術が、私たちの暮らしをまた一歩、前に進める。
ツインバード工業(株)
- 設立
- 1962年4月
- 資本金
- 17億4240万円
- 従業員数
- 284名(2009年12月現在)
- ワンポイント
- めっき製品製造業として創業し、80年代に家電製品に参入。「感動と快適さを提供する商品の開発」に取り組む
工作機械も独自開発
クーラーボックスにぴったりのコンパクトさ
「断熱膨張」で先端部分が急速に冷え、スイッチオンからものの数分で霜が付く
会議室に置かれた、プレゼン用のメカ