山口県下松市
株式会社山下工業所
山下 清登(72) 代表取締役
【その他の受賞メンバー(五十音順)】 井上隆行、国村次郎、澄川隆士、藤井洋征、山下靖紀、
山本淳
【推薦者】浜本弘美
ハンマー1本で、新幹線の「顔」をつくる
独自の打ち出し加工技術
株式会社山下工業所
64年、アジアで初めてのオリンピックが開かれたこの年、“夢の超特急”と称された新幹線が営業運転を開始した。10月1日、東京駅を発車した一番列車0系「ひかり1号」の、独特の流線形をした先頭車両。あの「顔」は、山下さんら熟練の職人がハンマー1本で仕上げたものだった。以来、現在東海道・山陽新幹線の主力となっている700系や台湾新幹線、リニアモーターカー実験車両まで、同社はこの「打ち出し加工技術」を駆使して数々の車両を世に送り出してきた。外板だけではない。運転席の天井、窓枠、運転台関連部品を始め、そこここに同社の経験と技術が反映されている。世界に誇る超高速鉄道は、今日も匠の技に守られて疾走しているのである。
高速で安全な鉄道を支える誇り。
それを共有できる人材を育て、
技術を次の世代に伝えたい

新幹線の歴史と共に磨き上げてきた、打ち出し加工技術

 カーン、カーン。薄暗い、どうお世辞を言っても町工場にしか見えない建物に、アルミ板をハンマーで叩く甲高い音が響きわたり、工作機械がうなりを上げる。だが、その傍らに目をやると、あたかもパソコンの3D画像から抜け出してきたかのような、流線形の金属の骨組みがさりげなく鎮座しているではないか。完成すれば、“次代新幹線”N700系の運転訓練用シミュレーターになるのだそうだ。伝統的な職人の世界と最新鋭の新幹線。このアンバランスな風景が、同社の“立ち位置”を語って余りある。
 創業は新幹線が開業する1年前の63年。蒸気機関車部品を打ち出し加工で仕上げる技を、現在の日立製作所笠戸事業所に見込まれて鉄道部品の世界に入った山下さんが、「0系新幹線の先頭車両をつくるために」創業したのだった。
 「自分のつくった0系が初めて走った時のことは、今でも忘れられません。乗りたかったけど、忙しくてねえ。女房が『お父さんがつくったんだ』って、私より先に乗りに行ったのを覚えています」
 以来、ほとんどの新幹線の製造にかかわり、同事業所に納入した分だけで330両を超えた。新幹線以外にも特急電車、地下鉄、モノレール、リニアモーターカーの実験用車両なども製作。台湾や中国の新幹線も手がけている。
 ところで、0系が“素直な”流線形だったのに対し、今の新幹線は「のぞみ」の主力である700系に象徴されるように、前から見ると平べったく頬を膨らませたような、曲面が重なった複雑な形状をしている。あのフォルムが手作業の産物だというのも、にわかには信じがたい。
「先端部、屋根、側面といったブロックごとに、数十枚のアルミ板を打ち出して溶接するのです。そりゃあ、設計図どおりに仕上げるのは大変ですよ。ハンマーの跳ね返り具合とか、音とか・・・・・・それなりの経験を積まないと、なかなか思うようにはいきません。一人前になるまでには、7、8年は必要ですね」
 ちなみに1両分の先頭部分をつくるのには、新幹線クラスの大型車両の場合、2週間を要する。

 

手作業だからこそ可能になった、低コストかつ高精度のものづくり

 それにしても、である。そんなに大変なのに機械化しないのはなぜなのだろう? 山下さんの答えは、「一番大きい理由はコストにあります」と、ちょっと意外なものだった。機械化すればコストは下がる、それが常識のはずでは。
 「たとえば、16両編成の新幹線でも『先頭車両』は2両だけ。家電や自動車のように何千、何万もつくるものではないんですよ。早ければ数年でリニューアルされますから、そうなればまた別のかたちにしなくてはならない。『機械加工』だと、専用の金型づくりから始めて焼鈍炉と大型のプレス、切削用の加工機、もちろん相当な厚さのアルミ母材に電力も必要です。コスト面でとても合いません。打ち出し加工なら、成形加工機である程度のかたちにしたら、あとは叩くだけですからね。早くて無駄がなく、環境にも優しい。この差は埋まらないと思いますよ」
 機械化の限界。だがそれも、裏を返せば「叩くだけ」の技術が、あまりに確かなものだったからこそ言えること。ちなみに、同社は流線形の外板のみをつくっているわけではない。運転室内部の天井や側面、窓枠、運転台関連にも、数多くの部品、部材を供給している。やはり、手でなければつくれない「作品」——事実、技術者たちは自らの製品をこう呼ぶ——の数々なのである。
 新型N700系の増発、九州新幹線の延伸・山陽新幹線への相互乗り入れ、東北新幹線の延伸・世界最高速度での営業運転と、新幹線に関する最近のニュースを拾っただけで、これだけある。鉄道先進国でありながらわずかだった車両の輸出も、今後、増加が見込まれている。鉄道市場は、まだまだ膨らみそうだが、一方で悩みがないわけではない。熟練技術者の後継者不足である。
 「今は、需要に応えるのに精いっぱいの状態。若くて意欲を持った技術者は、のどから手が出るほど欲しいですね。地味な分野だけど、世界にもまれな高速で安全な鉄道を支えてきたことには、誇りを持っています。この思いを共有できる人材をひとりでも多く育てること、そして技術を後世に残していくこと。もしかしたら、それが私の最大の仕事なのかもしれません」

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